第26回・戦国時代の始まり、応仁・文明の乱と山城国一揆(1410〜1500年頃)

足利義満の死後、4代目将軍となった義持は諸外国での兵の挙兵により代わり5代目の義量を立てるが若くて死に、6代目に義満の子である義教が義持の子供らと相手にした籤引きにより将軍に就いた。 義教は永享7年(1435年)に延暦寺を弾圧、建物を焼き多くの犠牲者が出た。湯起請(ゆぎしょう)という占いで政策を決めた義教への反発は大きく嘉吉元年(1441年)に赤松満祐に暗殺される(嘉吉の変)。 7代目に義勝がなる

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