第31回・新たな都を守る水上の城郭・淀城。江戸時代の都の歴史(1603〜1702年)

大坂夏の陣により豊臣家滅亡し、徳川家が日本の政治の本流となった。家康の死後、徳川秀忠は元和5年(1619年)に上洛し、伏見城を廃城にすることと、国内の軍事拠点の再構築に手をつけた。 徳川家による京都の実効支配 淀城(伏見区淀本町) 拾遺都名所図会第5巻 天明7年・1787年(京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ)  都名所図会第5巻 安永9年 1780年(京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイ

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