都名所図会で辿る江戸時代の京都
第7回・嵯峨天皇が愛した嵯峨野(809年〜)

桓武天皇の崩御後、平城天皇が即位するが3年後に弟の嵯峨天皇に譲位する。しかし、平城上皇は藤原仲成・藤原薬子と共に平城京への遷都を企てる薬子の変(弘仁元年・810年)が失敗し、平安京が都として継続された。 平安時代から愛さ […]

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第6回・仏教改革の空海と最澄、勇猛な坂上田村麻呂の軌跡(800年前期)

平安時代初期は、最澄と空海による密教についての探求の時代であった。二人は延暦23年(804年)に唐に渡り密教を学び、最澄は天台宗(台密)を、空海は真言宗(東密)を開宗した。最澄は弘仁13年(822年)に没し貞観8年(86 […]

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第5回・鉄壁を築いた王城鎮護の守り(794年〜)

長岡京で悪霊に悩まされた桓武天皇は、平安京遷都を行った際にあらゆる法術を使い、都を災いから守ることとした。そのため、多くの寺社が都の周辺に作られた。 都の方位を護る社 日吉大社(滋賀県大津市坂本) 表鬼門の北東にあたる比 […]

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第4回・語り継がれる羅城門、空海の東寺と守敏の西寺、禁苑の神泉苑(794年〜)

平安京は中国の長安城を参考に作られ、今までの都よりも大規模に造営された。条坊制で区割りされ、十数万人の人口を抱える国際都市だった。 中国に倣った都の作り 大極殿跡(中京区聚楽廻東町) 中国の長安城と同じく左右対称に街が作 […]

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第3回・平城京から長岡京、そして平安京へ(784〜794年)

延暦3年(784年)、桓武天皇は政治の刷新を狙い平城京から山背国乙訓郡に遷都への決断し、長岡京を造営した。 幻の都・長岡京の痕跡 長岡京跡(向日市・長岡京市) 京域は東西4.3km、南北5.3kmとなる、ほぼ平安京と同規 […]

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第2回・平安京遷都前の地域を束ねる氏族達

平安京に遷都される前、都となる地域はどういった場所だったのかを見てみることにする。5世紀の京都盆地には渡来人が住み、有力氏族による土地の開発が行われていました。そうした氏族にまつわる神社は平安京遷都よりも以前に存在し、今 […]

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都名所図会で辿る江戸時代の京都
第1回・都名所図会で辿る江戸時代の京都

京都は観光都市として有名ですが、現代にあるガイドブックの元祖は京都と山城国を題材に作られた。読めば伝承や寺社といったまちの変化が分かり、今でも京都の文化・伝承・社寺といった歴史背景を探る上で、必読と言える史料である。 日 […]

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