都名所図会で辿る江戸時代の京都・5

王城鎮護の守り(794〜)

桓武天皇は平安京遷都を行った際にあらゆる法術を使い、都を災いから守ることとした。 

五條天神宮(下京区松原西洞院通西入る)

都名所図会第2巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

桓武天皇は遷都の初めに鎮衛のため、空海に命じて大和の国から天神を勧請し、天使社(現在の五條天神宮)を造営した。

日吉大社(滋賀県大津市坂本)

都名所図会第3巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

表鬼門の北東にあたる比叡山には、日吉大社を守護神とする延暦寺をあてた。

将軍塚(山科区厨子奥花鳥町

都名所図会第3巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 
拾遺都名所図会第3巻 天明7年 ・1787年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

粟田山の山頂に八尺の人形に鎧を着せ、弓矢を持たせて西に向いて埋めた、将軍塚を作った。

大将軍八神社(上京区一条御前)

拾遺都名所図会第1巻 天明7年 ・1787年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

北西に大将軍堂(現在の大将軍八神社)を置き、都の四方にある神社に小社を置いた。

鞍馬寺(左京区鞍馬)

都名所図会第6巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 
都名所図会第6巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

延暦15年(796年)に平安京の造東寺長官の藤原伊勢人が夢のお告げで、毘沙門天を祀る鞍馬に伽藍を造営し王城の鎮護とした。

石清水八幡宮(八幡市八幡)

都名所図会第5巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 
都名所図会第5巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

のちの貞観元年(859年)に裏鬼門にあたる南西に、行教が宇佐神宮にて修行中、八幡様を男山に移座させて都を鎮護せよとのお告げで、翌年に石清水八幡宮を勧請した。

こうして都には悪霊が入れないよう多数の結界が張り巡らせる、不滅の城として造られた。

参考文献 
京都・観光文化検定試験公式ガイドブック(淡交社)
京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ
各寺社の公式サイト