藤原家の菩提寺・浄妙寺、平等院と平安貴族の別荘の街並み、巨大寺院の白川金色院といった宇治の発掘を展示する「発掘ものがたり宇治・2024」

宇治市歴史資料館では過去の発掘調査に出土した発掘品で、大河ドラマ「光る君へ」に関する展示をしています。

宇治市歴史資料館

今回の発掘品展示では、主に藤原家に縁のある浄妙寺・宇治殿・白川金色院といった平安時代が中心です。

藤原一族の菩提寺・浄妙寺

宇治陵・宇治市木幡

京都市と宇治市の境に近い木幡は、その一帯が藤原家一門が葬られた地域で、明治時代に37箇所が陵墓として治定され、現在は宮内庁が宇治陵として管理しています。

宇治市歴史資料館

大河ドラマで紫式部ことまひろと関係を深くしている藤原道長は、後に平安貴族で最高権力者に登り詰め、その痕跡は宇治にも見る事が出来ます。浄妙寺は寛弘2 年(1005)に道長によって藤原家の菩提寺として建立されました。

浄妙寺跡・宇治市木幡

浄妙寺は道長の権力の象徴して建立されましたが、後に衰退し室町時代に一揆による放火で焼失してしまいました。再建されずに木幡小学校を建設する際の発掘調査により寺の跡が発見され、当時の伽藍の配置もほぼ特定されるようになりました。

貴族の別荘地だった宇治

宇治市歴史資料館

道長が関わったのが平等院の前身である宇治殿です。別荘だったものを息子の頼通が譲り受け永承7年(1052)に平等院としました。現代の寺域よりも広く他にも伽藍や塔がありました。室町時代の足利尊氏と後醍醐天皇との争いにより門と鳳凰堂以外は焼失し、門も江戸時代に焼失しました。平安時代の発掘品として下駄が展示されており、今と変わらないような生活が窺わせられます。

宇治市歴史資料館

宇治市街地は平安時代の貴族の別荘が建ち並び、今と同じく多くの人々が行き交う場所でした。源氏物語の宇治十帖の舞台になったのも納得できます。

山間の巨大寺院・白川金色院

宇治市歴史資料館

白川金色院がある白川は、宇治市街から南東に位置する山間のお茶の産地です。関白藤原頼通の娘で後冷泉天皇の皇后となった藤原寛子によって、康和4年(1102)に創建されました。広大な敷地で平等院に匹敵する規模でした。長禄4年(1460)に火災で焼失したもののすぐに再建され、白川十六坊と言われた多数の子院が立ち並ぶほど反映していましたが、江戸時代末期に廃れ、今では総門と白山神社の拝殿などを残すのみとなりました。

宇治市歴史資料館

中国から入ってきた鏡は当初は祭祀の道具でしたが、白川金色院跡が出土した平安時代の鏡からは、現代のように身支度の道具にもなりました。鏡には鳥と花の模様から当時の写実的な文様が彫られています。女性が創建した寺らしい逸品です。

宇治陵32号墳・宇治市木幡

道長の墓と言われる宇治陵32号墳。小高い丘の上にあり周りは住宅地となっていますが、昔は巨椋池から宇治まで見回せたでしょう。道長や平安貴族が愛した宇治を巡ってみてください。

会場情報

発掘ものがたり宇治・2024

場所 宇治市歴史資料館

期間 令和6年2月17日(土)~4月21日(日)