都名所図会で辿る江戸時代の京都・2

遷都前の地域の歴史

平安京に遷都される前、都となる地域はどういった場所だったのかを見てみます。
5世紀の京都盆地には渡来人が住み、有力氏族による土地の開発が行われていました。そうした氏族にまつわる神社は平安京遷都よりも以前に存在し、今も有名な神社として存続しています。

下鴨神社(左京区下鴨)

都名所図会第6巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

上賀茂神社(北区上賀茂)

都名所図会第6巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 
都名所図会第6巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

北部を勢力地としていた賀茂氏には上賀茂神社と下鴨神社があります。二つで賀茂社と呼ばれ、賀茂建角身命(かもたけつのみこと)を祀っています。

蚕の社(右京区太秦)

都名所図会第4巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 
都名所図会第4巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

松尾大社(西京区嵐山)

都名所図会第4巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 
都名所図会第4巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

北西部を勢力地としていた秦氏は、木島坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ・通称蚕の社)は養蚕・機織・染色といった製糸業、松尾大社は酒造といった産業を得意としていました。

伏見稲荷大社(伏見区深草)

都名所図会第3巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 
都名所図会第3巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

秦氏は東側の伏見稲荷大社の創建にも関わりました。

崇道神社(左京区上高野)

拾遺都名所図会第3巻天明7年 ・1787年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

北東部の小野氏は小野妹子と繋がりがあり、現在の崇道神社から妹子の子である小野毛人の墓と墓誌である国宝「金銅小野毛人墓誌」が発見されました。
他にも粟田氏が創建されたとする粟田神社、八坂氏創建の八坂神社があります。

藤森神社(伏見区深草)

都名所図会第5巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 
都名所図会第5巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

広隆寺(右京区太秦)

都名所図会第4巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 
都名所図会第4巻 安永9年 ・1780年 (京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ) 

遷都前にある神社には神功皇后や舎人親を祀る藤森神社、寺院には聖徳太子ゆかりの広隆寺があり、遷都以前から由緒がある地でした。

参考文献 
京都・観光文化検定試験公式ガイドブック(淡交社)
京都府立京都学・歴彩館デジタルアーカイブ
各寺社の公式サイト